GDPR誕生日:デジタル立憲主義における「人間の条件」

Human Condition in Digital Constitutionalism

Happy birthday to the GDPR on 25 May!
Across the EU's digital legislations — GDPR's right to human intervention (Art. 22(3)), the DSA's human review (Art. 14(1)), and the AI Act's human oversight (Art. 14(2)) — the ’human’ consistently appears as a central figure. In the AI Act, it can be interpreted that the English human oversight frames the human as a supervisor of systems, while the French contrôle humain situates the human as the bearer of responsibility for decisions.
Drawing on Hannah Arendt's The Human Condition, the irreversibility and unpredictability of action are met by forgiveness and promise, both of which presuppose an imputable subject. AI systems structurally lack this capacity.
The tension between the English and French formulations, human oversight vs contrôle humain, invites continued reflection on what kind of 'human' digital constitutionalism is meant to protect.

2012年1月25日GDPR提案が公表された数時間後のCPDP国際会議パネル(Brussels, Belgium)

5月25日は、GDPR(一般データ保護規則)が適用開始された誕生日です。

2016年に成立したGDPRは、2018年5月25日に適用開始されました。同日の直前には、GDPRの適用開始に伴う、プライバシーポリシーの変更の通知が多く届いたことをご記憶の方もいらっしゃると思います。私は当時ドイツに滞在しておりましたが、ドイツ国内でもニュースでGDPR適用開始の報道がされていたことを思い返します。

デジタル立憲主義の潮流

現在の憲法学の一つのトレンドとして「デジタル立憲主義(Digital Constitutionalism)」というテーマがあります。主にプラットフォームがもたらした表現の自由、プライバシー、アルゴリズム差別という国境を越えた課題について規範的に論じるものが多く見られます。「アルゴリズムの支配」に対抗する「法の支配」の意義づけなど注目に値する論稿が多く登場するようになりました。

私の視点は、EU法を外から見て、またアメリカ法との比較の文脈を添える、という少し異なるものです。‘Human Condition in Digital Constitutionalism’というタイトルは、デジタルオムニバス法案が公表された2025年11月19日、フランス大学の先生との合同研究会(一橋大学中西優美子教授主催)において発表したテーマです。こちらは近く国内の研究会で原稿発表し公表予定です。デジタル立憲主義を規範的に論じるものではなく、実証的にEUの立法と判例から、デジタル立憲主義の一つの要素として「人間による制御」という役割を導き出す内容です。

EUのデジタル立法における「人間」の存在

 EUには様々なデジタル関連立法がありますが、「人間」を条文においてしっかりと位置づけていることを確認することができます。

GDPR(2016年成立)には、個人データの自動処理に伴う意思決定システムを規律する観点から「人間介入の権利」(right to obtain human intervention)(22条3項)が規定されています。

DSA(デジタルサービス法、2022年成立)には、「人間による再審査」(human review/ réexamen par un être humain)(14条1項)を含むコンテンツモデレーションの仕組みについて利用規約で明示しておくことが定められています。

AI法(2024年成立)には、ハイリスクAIシステムに対する義務の一つとして、「人間による制御」(human oversight/ contrôle humain)(14条2項)が求められています。

このように、EUのデジタル立法には、「人間介入の権利」、「人間による再審査」及び「人間による制御」という人間中心の原則が現れているとみることができます。

なお、AI法の立法経緯に照らし、前記研究会においてフランスの先生にも英仏の語の違いについて確認を行い、英語のテキストはシステムに対する監視権限のニュアンスが強いのに対し、フランス語のテキストにはシステムに対する人間の責任の意味合いが出されていると解することができます。私自身は、フランス語テキストの方が、人間の責任主体性をより適切に表しているように思われます。

デジタル立憲主義が想定する「人間」

 なぜシステムではなくて、人間でなければならないのか。

 ハンナ・アーレントは『人間の条件』において、人間の活動を労働・仕事・行為に区別した上で、とりわけ「行為」(action)を人間に固有の営みとして位置づけました。行為の結果は複数の主体の相互作用の中で予測不能な連鎖を生み出すことがあります。この条件に対する人間的応答としてアーレントは「赦し」と「約束」を論じました。「赦し」は不可逆性への応答であり、「約束」は予測不能性への応答です。いずれも帰責性ある主体を前提とした仕組みです。

帰責の最終点に「人間」を置くことは、立法上の技術的選択を超えた、「人間の条件」に根ざした要請であると言えます。この観点からすると、AI法の英仏のテキストの差異は単なる翻訳の問題を超えて、システムを監視する道具を用いる主体(human oversight)としての人間像とみるか、あるいは出力過程に責任を負うことを前提にシステムを制御する主体(contrôle humain)としての人間像を想定するか、—すなわちアーレントのいう「工作人」と「行為主体」のいずれに位置づけるか—という選択を迫るものであるように思われます。実際、AI法14条4項d号は、英語版が出力の「上書き(override)」を、フランス語版は「置き換え(remplacer)」をそれぞれ規定しており、ここでも前者は監視権限の延長として、後者は人間による能動的な操作制御として読み取ることができます。

なお、アメリカ憲法の下では、アルゴリズムの実装としてのソースコードやシステムの出力を、人間である開発者の思想や判断の「表現」として捉え、あるいは出力の受け手の権利という観点から、表現の自由との関係から、AI規律における「人間」の役割を論じる議論が存在します。

EUデジタル立法に内在するこの緊張は、デジタル立憲主義において「人間」がいかなる存在として位置づけられるのかという問題を提起しているように思われます。

参考資料

問題意識を共通にするブログとして、Schwemer, Sebastian; Koivisto, Ida: A Warm Body in the Loop: Rethinking Human Control of AI in EU Tech Regulation, VerfBlog, 2025/9/18,が参考になります。また、日本語によるデジタル立憲主義のブログとして、山本健人「デジタル社会は立憲主義の夢を見るか?」Webあかし、参照。拙論「AIとプライバシー:EUのAI規則とGDPRの交錯」白鴎大学法政策研究所編『デジタル社会の政策と法』(勁草書房・2025)105頁以下、において「人間による制御」の意義を論じております。

How to cite 宮下紘(2026)「GDPR誕生日:デジタル立憲主義における『人間の条件』」2026年5月25日、DOI: https://doi.org/10.5281/zenodo.20370557/ Miyashita, H. (2026). Human Condition in Digital Constitutionalism. 25 May 2026. https://doi.org/10.5281/zenodo.20370557

 

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Hiroshi Miyashita